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〔どんな幼稚園?〕

 『ノンデュアリティかなもり幼稚園』は、みなさんが〝らく~に〟なるお手伝いをするために、2019年11月につくられたウェブ上の幼稚園です。

 ノンデュアリティを、やさしく、楽しく、ひも解いていきます。

 ノンデュアリティの正体は、じつは笑ってしまうほどに単純なことなんです。

 それを単純じゃなくしてしまっているのは、むだな「思考」なんです。よけいな「知識」なんです。

 いっしょに遊びながらお勉強していきましょう!

【入園資格】

 ルールやマナーを守れる子\(^o^)/

 お友だちをぶたない子、お友だちをいじめない子、お友だちのものを盗まない子、お友だちと分かち合える子(^^)


【入園手続き】

 特になし

 ※『補習クラス』にご参加希望の場合は、お手続きが必要となります。


 そもそもあなたはどうしてノンデュアリティを知りたいと思ったのでしょうか?

 悩みがあったり、何か思うようにうまくいかなかったりで、自己探求やスピリチュアリティに触れる中で、たまたま出会ったという感じでしょうか。

 けれども、ノンデュアリティは、ふわふわしてなんだかわけがわからないとか、言葉がやたら難解だったりと、ハードルが高かったりします。

 二つではない、私と私以外のものがあるのではない、二つないのだから比較というものがない。

 内的知性と外向的な心、語ることなく語られた言葉、不純性の完全な排除、解放的な洞察、無境界性、全体性の非個人的機能……。

「なんのこっちゃ?」ですよね。

 このような〝言葉〟はとりあえず放っておくにかぎります。

 ただし、知っておくことは大切です。

 それは、あとになってわかります。

 でも、今ではありません。

 〝言葉〟に惑わされないでください。

 大事なのは、〝感覚〟です。

 その瞬間の〝感覚〟がすべてです。

 

 ここに砂があります。

 私たち日本人は、「砂」と言います。

 ある人たちは、「サンド」と言います。

 ある人たちは、「アレナ」と言います。

 ある人たちは、「ピアセク」と言います。

 指しているものは同じ。

 でも、〝言葉〟が違う。

 砂についての〝表現〟も百人百様でしょう。

 砂を知らない人は混乱します。

 でも、公園の砂場にでもいっしょに行って、砂に手をつっこんでもらえば、それでおしまいなんです。

 考える必要など何もありません。

 「実際に感じてみる」

 ただそれだけなんです。

 言葉では表現できないようなことを、「体」は完璧に感じ取っているんです。

 それを遊びながら楽しく学んでいくのが、かなもり幼稚園です。


 〝言葉〟ということで、みなさんにお伝えしておきたいことがもうひとつあります。

 それは、このようなお勉強をしていると頻繁に顔を出す、

 「すべては意識である」

 「私たちは意識の存在である」

 といった言葉です。

 みなさんが大好きな、たいへん魅惑的な「意識」というキーワードですね。

 たしかにそうなんです。

 まさに、そのとおりなんです。

 

 でも!

 当園でのお勉強においては、これをいったん忘れてください。

 いくつか理由はありますが、第一は、これはこちらから探しに出向いて行くようなものではないということです。

 向こうから姿を現したときに、「あ、どうも、はじめまして」というものなんです。

 それを、頭であれこれこねくりまわして探したりすると、おかしなことになります。

 どこまでいっても〝想像の世界〟のなかをさまよい歩くことになってしまうんです。

 そうではなくて、大事なのは、今、目の前にあることなんです。

 ただそれを感じることなんです。

 多くのみなさんが、高校生のときに「慣性の法則」を習ったかと思います。

 これをなんの体感もなしに、理屈や方程式だけをおぼえても、同じように〝想像の世界〟のお話になってしまいます。

 でも、あれこれ考えずに、自転車に乗って坂道を下って、ブレーキレバーをギュッと握れば、すべてがわかるんですヽ( ̄▽ ̄)ノ


 こんな言い方もできます。

 「意識」のようなものを頭で追いかけまわすというのは、水泳を習いはじめたばかりの人が、部屋でオリンピック選手のバタフライの映像を見ながら、「いいなあ、私もあんなふうになりたいなあ」と〝考え〟をめぐらせているようなものなんです。

 どうやったって〝想像の世界のまま〟です。

 水泳をおぼえたいのなら、なんていったって、まずは『バタ足』でしょう。

 プールの端につかまってバシャバシャやるんです。

 最初は、これだけだって楽しいんです。

 少ししたら、ビート板を使えば、25メートルいけるようになるんです。

 そのおかげでモチベーションだってあがります。

 ある日、ビート板なしで、たとえ溺れそうになりながらでも、25メートルを泳げるようになるんです。

 そのとき、ガッツポーズをするのか、雄たけびをあげるのか、「チョー、気持ちいいー!」「なんも言えねえー」って言うのか(古いね^^)

 はたまた、静かに喜びを噛みしめるのか。

 得体の知れないものに思いを馳せるのではなく、今、目の前にある「事実」と親しくなること、じつはこれが一番ラクで楽しいんです。

 これが『バタ足』の醍醐味です。

 

 むずかしいことは、とりあえず横に置いて、バシャバシャを楽しみましょう。

 やがて、バシャバシャの上達と歩調を合わせるかのように、多くのみなさんが待ち望んでいる感覚が、のっそりと姿を現すんです。

 そのときに、むずかしい本に書いてあることが、「ああ、この感覚のことを言っていたのか」と腹に落ちるんです。

 ときに、「なーんだ、こんな簡単なことだったんだ」と驚くんです。

 ときに、「どうしてこんなことが今までわからなかったんだろう。当たり前のことじゃん」って気づいたりするんです。

 〝感じる〟が先。

 〝知識=言葉〟は、あと。

 〝知識=言葉〟は、それを使ってどうこうするものではありません。

 「答え合わせ」のために知っておく必要があるだけなんです。

 むずかしい言葉は、いったん放り投げてしまってください。

 バシャバシャを楽しむときに、水を水と感じるときに、むずかしい〝知識=言葉〟は必要ありませんよね。

 遊びながら、楽しみながら〝事実〟に触れていくこと、これが当園の基本教育方針です。

「感覚=事実」に触れて、私たちといっしょに〝軽~く〟なっていきましょう!

はーい、みんなもいっしょに!(^o^)/

パタパタパタパタ……